都をどりで京都を満喫
本当に久しぶりにブログを書いています。言い訳じみていますが、このところ気持ちを落ち着けて心の整理とそれに伴う文章を書く余裕がなかったためです。先日何人かの友人達と会食する機会がありそれを指摘されてしまいました。こんな私の稚拙な文章を読んでくれている貴徳な人達がいるのです。その方達の思いは本当に私にとっては有難く真摯に受け止めなければいけないと思いました。
さてゴールデンウイークの前半にはあのLCCのピーチエアーで京都に行って来ました。値段が格安のわりには機材が新しく、座席が狭いといえば狭いですが、あのお値段でしたら我慢出来る範囲でした。そのかわりホテルをグレードアップしてラグジュアリー感を満喫してきました。
京都では夫の友人夫妻が至れり尽くせりでの歓待で美味しい京料理を消化薬を飲みながらも残さずにいただいてきました。そしてあの
祇園の都をどりの華やかな舞台を堪能してきました。別室での美しい芸妓さんによるお茶のお点前からはじまり
美しい日本庭園を見ながら舞台へと期待は高まり 美しい舞妓さん達の群舞から始まり うん なるほど華やかな舞妓さん達の舞にうっとり〜
舞台は次々に変わるのですが、幕を下ろしたりせずに素早く変わっていくのをボーっと眺めているだけでした。でも中盤以降の舞台に現れた
3人の芸妓さん達が舞はじめたらあたりの空気が一変してしまいました。3人の踊り手である芸妓さん達の
息もぴったりの舞はそれはそれは素晴らしいの一言で少ない動きの日本舞踊のなかでも 中腰でしなやかに舞う その姿に強く惹きつけられ
物語の中へと誘われてしまいました。
制約された日本舞踊の身体の動きに対して長年培ったであろう わずかな首の傾け具合 伸びやかな指先 その目線だけで官能と悲しみが宿っているのを見て取れました。
私達はため息とともにその3人の舞に目が離せなくなり その後に舞妓さん達の艶やかな群舞を見ても ただただその3人の芸妓の姿を追っていました。
素晴らしい踊り手は観客を魅了するものですが、バレエやオペラのような華やかな動きや音楽や歌がなくても
こうして唄い手さんたちの長唄に耳を傾け鼓や太鼓や笛の音に合わせて舞う 都をどり にどっぷりとはまってしまった京都でした。
最近私は皆さんの予想を裏切ってアルゼンチン・タンゴに目覚めていますので、踊りがどんなものかほんの少し分かってきて様な気がします。身体は必ずしも自分の思い通りになるわけでもなく、意識するかしないかでは
踊りの美しさに差が出てくるものです。身体の使い方はバレエと日本舞踊などでは大きく違うのでしょうが、一つ言えることは身体のバランスなのではないでしょうか。
簡単に聞こえるかもしれませんが、自分自身が身体の中心で立ている事がとても大事なのだと思います。
みなさんもう一度自分の立ち姿が正しい位置で立っているかを確認してください。正しい立ち姿はその後の歩き方にも差が出てきます。骨盤をちゃんと固定して上体がぐらつかないように意識してみてください。
私はこの歩き方と自分の骨盤の位置を常に意識するだけで身体が締まってきました。
これから薄着になる季節に向かって きれいな姿勢と歩き方で少しだけ自信をつけてくださいね。







