美しい南仏に想いをはせて

20 2月 2012
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ちょうど今から3年前の夏に南仏に二ヶ月程滞在していました。そこは本当に美しい所で地中海に面した港町でとても小さな町でした。
語学学校に通う傍ら休みの日には必ずと言ってもいいほど近隣の町や村を巡って歩いていました。
そこで出会ったものは今でも私の宝物です。そしてそれは数多くの芸術家の足跡を辿る事でもありました。南仏という所は本当にたくさんの芸術家が愛した小さな村や町がありました。
何故 こんな田舎に?という疑問も町や村に着くと自ずと答えがでてくるような素敵な所ばかりでした。

マティスが愛したのはヴァンスとサン・ポール ルノワールはカーニュ・シュル・メール
ジャン・コクトーが住んでいたのは レモンで有名なマントン ピカソが愛したのは アンティーブにムージャン 建築家のル・コルビュジェも
みんな美しい南仏を愛したのです。

南仏は地中海に面していて太陽の光が特別に美しい所です。単純に光の量が湿度の少ない空気の層を透して降り注ぐ為に
水蒸気に屈折せずに地上に届くのではないかと思います。(私の個人的な思い込みなので、もし間違っていたらごめんなさい。)
だからニースの海岸はあんなにも美しいエメラルドグリーンなのでは?と私には思えるのです。

そんな太陽の光の下では 地球上のすべての物がその輪郭もくっきりとし 色もはっきりと見えるのです。色が命の画家にとっては
南仏の溢れる陽光のもとで より制作意欲が湧きでたのは想像に難くないでしょう。 それほどに眩い陽の光のある人々を惹きつける美しい村や町でした。

それだからなお 今年の北海道の冬は私にとって とても辛いのです。(歳のせい?)
生き物は皆 太陽の光がないと元気が無くなってしまいます。それは自然の摂理なのでしょうか?
パリは緯度が高いため冬は日が短く朝の8時過ぎにようやく明るくなり、夜はもう4時には暗くなります。
そして曇りの日がほとんどですから 冬は気が滅入る、とパリに住んでいる友人はよく言っていました 本当にその通りですね。
この凍てつく氷雪の下に春の息吹を待ちわびている若芽のように、私もあと少し耐えます。

それでも私は湿度のある日本の陽炎のようなぼんやりした輪郭のはっきりしない景色にとても風情を感じます。
そして、そのことが日本画や水墨画の趣きと重なっているのが日本人として理解でき 侘び寂びとか幽玄を味わえる喜びを感じます。

春待ち焦がれるコート

12 2月 2012
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この冬の大寒波と雪に 最近の私は疲れきっています。 毎日の大雪のニュースに心を痛めているのは
私だけではないと思います。こうも毎日寒さと悪天候が続くと もう嫌!と何回
心の中でつぶやいたことでしょう。いつもの冬でしたら車の運転をしながら、モノクロの雪景色を見て世界はなんと美しいのだろうか?なんて悠長に冬の北海道を楽しんでいました。
でも今年はちょっとしんどいのです。いったいいつまでこの寒さと雪が続くのか?と身も心も重く沈んでしまうようです。

大好きなコートのお洒落も あまりの寒さに実用的なダウンかムートンしか着られずにフラストレーションが溜まってしまいます。東京から転勤してきた友人は
北海道の3回目の冬が辛いと言っていましたが、慰めている私もこの冬は…でもそれではいけないと思い
寒くて辛い季節が終わったその後の春にはどんなコートを着ようかな? と雑誌をめくっています。

雑誌の中では春が一足も二足も先に来ていて
トレンチコートを素敵に着ているモデルさん達が紙面を飾っていました。今年の春にはベージュのマッキントッシュのトレンチと軽やかなスカーフを合わせて…とイマジネーションは膨らみます。春真っ盛りになったら
あの紺色の小花模様のコットンのコートを着ましょう。と自分のワードローブの中の洋服を頭に浮かべては楽しい想像をしています。

こんなにも北国の春を待ち遠しく思えるほど今年の冬は厳しいのでしょう。それでも雪まつり会場がたくさんの人達で賑わっているのを見ると 気持ちが少し和らぎました。

自己の心を見つめる

11 2月 2012
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誰にでも起こりうる 心が折れそうになる事に遭遇した時に その人はどの様な行動をとるのだろうか?

去年の3.11のあの大津波の後で
目の前の瓦礫を黙々と片付けている人々をテレビで見て胸がいっぱいになりました。また近年にない大雪に毎日黙々と雪かきに追われる人達を見ては
頭が下がる想いでいます。

外国の人達から見るとそれはとても不思議な光景なのだとか?涙を流している人はいても喚いてる人はいなかったし、災害に遭った人々の表情からは悲しみや怒りよりも
諦めと覚悟を読みとれるだけでした。

どれほど沢山 泣き叫ぼうと怒り狂おうとも 突然災害に見舞われた事は仕方ないと諦めているのでしょうか? いやそれは違うとおもいます
それよりも今夜 安全に寝られる場所の確保や水や食べ物の事を最優先にするような
そんな生きる事への人間の本能みたいなのかもしれません。逆にそれだからこそ早く立ち直れるのだと思います。悲しみにくれて食べられなくて弱っていくよりも
食べて眠ってエネルギーを蓄積して普通の生活に戻っていく事のほうが何倍も大切な事だから…

普通の生活を何事もなく ましてや悩みもなくて一生を送れる人は皆無でしょう。どんな人にもある日突然に…と言う事はままあると思います。その時に自分がどのように対処し善処出来るのかは
日頃の心の訓練なのだと思います。何か事柄が起こった時にパニックや捨て鉢になったりせず 冷静に状況判断を出来る事が望ましいと思います。

それらは災難や事故だけではなく 病気や仕事や家庭内のこと 日常的な困難にも同じことが言えると思います。
嘆いていても悲しんでばかりいても何も解決しないことを先人の知恵を持って乗り越えられるよう そして少しづつでも前向きに生きて行けるようにと願っています。

私もどんな時でも自己の心を強く持てるように日頃から修練を積みたいと思っています。

ヴァレンタインに

4 2月 2012

今 デパートの食品売場ではヴァレンタインデーの為に
有名チョコレートブランドの各ブースに美しいパッケージに入っているチョコレートがならべられています。どれも美味しそうで高そうなチョコレートを見ながら
ちょっと複雑な思いで眺めていました。

それはあるテレビ番組で見た光景が目に焼き付いているからです。アフリカのガーナでチョコレートの原料であるカカオを栽培している農園で働いているのは6歳と9歳の兄弟でした。彼らは奴隷として朝から夜までカカオの木に登りカカオの実を取っています。そして彼らはカカオが何になるかも知らずに学校にも行く事も出来ずにいるのです。
テレビ局の人が差し出したチョコレートを兄弟が食べて、初めて美味しいと笑った笑顔に涙がこぼれました。そして年端もいかない子供達が過酷な状況で奴隷として働かされている現状に言い知れぬ恐怖と怒りを覚えました。

だからと言って直ぐにフェアトレードの製品しか買わないようにする というのではない所が私の意思の弱さでもあるのですが…
でも最近は物を買う時にはちょっと考えるようにしています。
スターバックスやイオンなどではフェアトレード製品などの動きがいち早く取り入れられていますので興味のある方はどうぞ見てみてくださいね。
世の中の事で知らない事は沢山ありますが 何かに疑問を持つ事はとても大切なことなのです。

私はなるべく生産者の顔が見える物を買うようにしています。そしてオーガニックの製品も大好きです。私の健康の為に欠かせないものは亜麻仁の粉末とアマゾンのコパイバ
マリマリとニュージーランド製のMANUKA HONEYです。
詳しい事はわかりませんが、私の身体にとても合っている物だと思います。これからも自分の身体に合うものを直感を信じて探していきたいと思います。
私は若い女性にいつも感じていることは、身体は食べ物から出来ているのですから 無理なダイエットをしていては美しい肌や髪の毛は維持出来ないと思っています。もっと自分の身体の声を聞いてあげてくださいね。

プレゼントに込めるメッセージ

25 1月 2012

プレゼントを頂く時と贈る時には その人がどれだけ相手の事を考えてプレゼントを選んでいるかってわかりますよね!
私はもちろんいただく事も嬉しいのですが、相手の人に喜ばれるプレゼント選びが大好きなのです。

私の場合 両親はじめ姪達や友人達それに従業員と毎月のように誰かの誕生日やお祝いがあり
その人の笑顔を思い出しながら品物を選びに行きます。その行為は私にとってはとても楽しい事なのです。普段私が行くことないようなお店など(若い人向け)に堂々と入店したりできますから。自分の為の物ではない方が
店員さんにも相談しやすいのです。

おざなりではない愛情のこもったプレゼントを頂いた時には とても幸せで
私は必要とされている人間なのだと再認識をします。誰でも年老いていくのは嬉しくはないのですが、忘れ去られていくのはもっと辛いと思います。夜中の12時に誕生メールをくれる人や、遠く離れた所からのお祝いメールや
電話でおめでとうを言ってくれる人、たまたま誕生日に偶然に会った友人からの嬉しいおめでとうの言葉
どれをとってもかけがえのない私のキラキラした宝物です。たくさんの幸せの思い出は 私の心を本当に豊かにしてくれます。

そういえば私は 自分の物(例えば洋服やアクセサリー バックなど)を誰かにプレゼントをするのも大好きなのです。
ほとんど着ていない洋服や付けていないアクセサリーなんかを友人に似合いそう!とプレゼントしてしまいます。私の大好きな洋服やバックを友人が身に付けてくれるのが嬉しいのかもしれません。そうすることで友人達の中に私の思い出が生き続けるような気がするからなのでしょうか。
もしプレゼントされたら その人に絶対に似合うと思ったものですから、気持ちよく受け取ってくださいね。

成人式の振袖に思う事

14 1月 2012
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今年二十歳になる姪が 私が成人式に作って貰った振袖を着る事になりました。それは今風という訳ではありませんが、けっして古さを感じさせない古典的な着物なのです。姪に振袖を着せてみたら普段見慣れているジーンス姿とは
打って変わって女性らしくたおやかなその姿に姪自身も祖父母や両親も満足そうでした。

考えてみれば40年前の振袖が世代を超えて受け継がれていくことに驚きを感じると共に これこそ日本の誇れる民族衣装の素晴らしい所だと思いました。
私も母親や祖母からの代々の着物を譲りうけては
洗い張りに出して私の寸法に仕立て直しをしたり、染め直しをしたりして着ています。このように着物をよみがえさせる事が出来るのは
着物が一枚の反物で出来ているからなのです。
着物は一度ほどいて縫い合わせればまた一枚の長い反物に戻るのです。これって究極のエコロジーじゃないでしょうか。着物の持っている生命の長さをずっと大切にしていきたいと改めて思いました。

真っ赤な振袖に黒に金と緑とオレンジの帯を合わせ
それに桃色の絞りの帯揚げと赤と金の帯締めとピンクとグリーンのニ色の伊達衿を挿し色にしました。着物を着る事は色を重ねる事なのです。
私の日頃のお茶の時に着る着物とは全く違う色の組み合わせかたなので それはとても楽しい作業でもありました。

また こうして私の着ていた着物が誰かの役に立つということが事がほんとうに嬉しく感じられました。

今私は 今度の初釜の時に着るブルーグレーの沖縄の紅型(びんがた)の着物に白い綴れ織りの袋帯を合わせて…とタンスを開けたり閉めたり
ゴソゴソとしていますが、私はこの着物の取り合わせ作業が好きなのです。着物と帯だけではなく、帯揚げ、帯締めや袖から覗く長襦袢の色まで気を使う事によって
その人の着物の着こなしのセンスが問われるのではないでしょうか。

美しいバラの花

8 1月 2012
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今月末に行う 初釜の茶事に使用する茶花を注文するので
懇意のお花屋さんに行ってきました。椿を使う予定なので、二種類の椿を頼んできました。お花は生物なので その時になってみないと分かりませんが
たった一輪か二輪の為に何輪も蕾がついた枝を2〜3本注文します。
此の様にお茶事の用意は お花一つとってもとても大変なことなのです。

お花屋さんで注文し終わり お店のお花を眺めていましたら
今の寒々しい時期にもかかわらずバラの種類がとても多くて嬉しくなりました。その中でもとりわけ
可愛らしいカメリア形のバラが目に止まりました。普通バラをイメージする時は
花びらの先が剣のように折れ曲がっているものを想像しますが、そのようなバラらしいバラではなくて
花びらの先が丸く柔らかい形をしているニュアンスのあるオレンジ色のバラなのでした。

店主が去年の暮れに仕入れたものなのであまり持たないと言われましたが、そこにあるだけ求めてきました。家に帰って
アンティークのガラスの花瓶に無造作に活けたら
それだけで充分雰囲気が出るのです。そしてお花のある暮らしってなんて贅沢で幸せなのだろうと思いました。

私の友人のご主人様はバラの花を育てるのがとてもお好きで、沢山の種類のバラの花をご自宅のベランダで育てています。毎年バラの咲く時期にはバラの花を見学させていただくのですが、ドアを開けた途端にバラの香りが濃く漂ってきます。(バラの香りがするお部屋でいただく紅茶はとてもロマンティックです)
得も言われぬ香りとニュアンスあるカラーのたくさんのバラの花々で、まるでローズガーデンにいるかのようです。
かのクレオパトラもグレース王妃も愛してやまなかったバラがやはり一番美しく気品がある花だと思います。

バラのある暮らしって優雅に見えるでしょうが でもお手入れはすごく大変そうです。そしてバラの咲く時期には当然 優先順位はバラが一番になるそうです。(笑)
今年もまたバラが見られる事を楽しみにしています。

どんな時でも美しい装いが出来る女性

7 1月 2012

年末年始の空港は沢山の人々で溢れかえっていましたが、ひときわ目を引く素敵な女性がいらしゃいました。その女性はご主人と二人のお嬢さん達との家族旅行の帰りと見うけられました。年齢は四十代半ばくらいでしょうか
とても知的で上品なその女性からは穏やかな雰囲気が漂っていました。そして冬のソウルの空港での装いとしては
もう満点を付けたくなるような服装でした。上品な深緑色のムートンのコートでしたが、あまりモコモコしていないムートンのコートに同色のヒールのあるブーツ(深緑色のブーツなんてもの凄くお洒落でした)
髪の毛はショートにされていて、いかにも私立の学校に通わせている風の二人の賢そうなお嬢さん達とそのお母様!と言った所ではないでしょうか?(あくまでも私の想像です。)

お正月休みの混雑した空港の中で しかも派手なのではなく 品格のある旅の装いをして さり気なく立っているその姿は本当に素敵で目立っていました。
私はあまり他の人のことはジロジロと見たり(相手に失礼なことなので)しませんが、でもついその人から目が離せなかったり
そしてその女性がどんな女性なのか知りたくなってしまう女性(ひと)がいるのですね。

何処にいてもどんなシチュエーションでも素敵に輝いている そんな女性になりたいですね。
そして常にTPOを考えて行動して欲しいですね!!! たとえば早朝にもかかわらずに濃いメークをしている女性や
まるでこれから夜のお出かけ?と間違えるような服装だったりとかは 絶対にして欲しくないです。
反対にあまりにラフ過ぎるのもどうかと思いますが… やはりバランスが大切なのではないでしょうか?

私は旅行中で一番 気を使うのは 移動とホテルにチェックインする時の洋服選びなのです。それは知らない人を判断する時には
一番その人の着ている服装がわかりやすいからです。まあその次にはその人が発する言葉使いや 態度といったものが判断材料になるわけです。
だから自分が他人からどのように見られたいかを考えて洋服選びをしなければなりません。
ホテルやレストランなど あるいは航空会社の大切なお客様として扱われたいのならば やはりそれなりの装いをしなければなりません。

おもてなしの心を養う

30 12月 2011
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年の瀬が迫り 夜毎のようにクリスマスパーティだとか忘年会だと称して友人たちと食事に出かけたり あるいは家で簡単な食事を作って友人を招待したり
また友人の家に呼ばれたりもしていました12月でした。
出歩いているその分 時間だけが慌ただしく過ぎていく中で、一昨日に大掃除をしましたと言っても壁を拭いたのと
レンジフードの掃除をしただけですが、それがとても時間がかかってしまいました。
そして先日友人達をお呼びした時に、そこまで掃除に気が回らなかった事を反省しました。

お茶の世界の茶事とは一期一会の精神で お客様に一碗のお抹茶を差し上げる為に究極のおもてなしを行うもので、心を尽くし あらゆる準備や心配り
演出などの総合的な芸術文化なのです。
でもそんな茶事をするのは 普段の生活をしている空間ではとても無理があると思います。
茶室や路地といった細やかな演出があってこそ出来るものだと思っています。

私のおもてなしはその日の朝に思いつき 夫に呆れられながらも連絡をしました、幸い友人二人は都合が良くて快諾を得られました。
それから掃除をしながら 献立を考え買物に行き 料理作りと…それはそれで良かったのですが、お花を買うのを忘れてしまったり
見えるレンジフードの埃に気が行き届かなかったりとの失敗はありましたが、友人たちをご招待することに意義がありましたので
目をつぶることにしました。

前もって完璧に準備してからとなると、仕事をしている私には億劫になります。
それより楽しくお喋りが出来、美味しい料理にワインがあれば 何とかなるのではないでしょうか?
私の友人におもてなしが上手な人がいますが、彼女達もまた
肩肘張らずに気楽に招待してくれています。美味しいお肉が手に入ったから…とかナパのワインを試飲してみましょう
とか理由はどのようなものでも構わないので気軽に招待したりされたり そんな友人達との係わり合い方が最近は楽しくて仕方ないのです。

お茶事のようにフルコースのおもてなしも良いけれど、私は気楽なお家ごはんが好きです。
時々友人のキッチンでもマイエプロン姿で料理をしている私を見かける事があるでしょう。
それは料理を通して人が笑顔になってくれるのが大好きなのだと思います。

美しい女性への誘い

18 12月 2011
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金髪がトレードマークの華道家 假屋崎邸でのパーティに行って参りました。
日仏芸術文化教会のメンバー数人での出席となり、表参道の假屋崎邸はテレビなどで放映された事もあり超ゴージャスでした。
玄関から続く階下のホールには素晴らしいシャンデリアが4つも設えてあり、オペラ座?とツッコミをいれたくなるような夢のような空間でした。

そんな中で70歳を超えているとてもお洒落な女性がいらっしゃいました。
バレンチノのフリルのワンショルダーの黒の身体にぴったりとするデザインのワンピースをお召になっていて、それが良くお似合いでもありますし大変美しい年の重ね方をしている女性には違いありません。

だけど ん… 何と表現したら良いでしょうか?
この女性はご自分が必ず若いと言われることを意識していらして、必ず「そのお年には見えませんねぇ〜」と強要しているような ちょっとあざとい感じがしました。

私は ああこのように他の人たちに対して もしかしたら自分が若いということを示唆するような事を言ったりしているかもしれない!と思わず己を省みた瞬間でした。

誰でもお若いですね!!!と言われれば嬉しいに違い有りませんが、それを売りにするのは嫌だなーと(過ぎたるは及ばざるが如しと申しますから)

なんでもバランスが大切なのですね。

自分は若い人と一緒に盛り上がるのではなく 若い人達にとっての指針になれるように少し離れた所から優しく見守ってあげられるそんな存在になりたいと 思います。

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